茅葺屋根が美しい國王神社の歴史と境内の風景|茨城県坂東市

茨城県坂東市にある國王神社の歴史と御祭神をはじめ境内の風景を写真とともにご案内します。國王神社の読み方は「こくおうじんじゃ」。住所は茨城県坂東市岩井951。平将門(たいらのまさかど)を終焉の地に祀る古社で、茅葺屋根が美しい拝殿と本殿は茨城県の有形文化財にも指定されています。杉木立におおわれた静かな境内では、妙見社・守大明神・浅間神社などの境内社をはじめ石碑や御神木、平家の供養塔なども見ることができます。

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國王神社の歴史

國王神社(茅葺屋根の社殿) 國王神社の創建は平安時代中期の天禄3年(972年)。この地方を本拠として関東一円を平定していた武将・平将門の戦死後、将門の三十三回忌に、無念の死を遂げた将門の魂を鎮めるために、三女の如蔵尼(にょぞうに)が、将門の木像を刻んで、将門大明神(まさかどだいみょうじん)と号し、この場所に祀ったのが國王神社のはじまりと伝えられています。

国王神社に安置されている御神体の木像(坐像)は「寄木造 平将門木像」(よせきづくり たいらのまさかどもくぞう)の名称で、茨城県の有形文化財(彫刻)に指定されています。

御祭神は平将門

由緒書き(看板) 國王神社の御祭神は平将門です。平安時代中期、平将門は、京都の朝廷・朱雀天皇(すざくてんのう)に対抗して自ら新皇(しんのう=新しい天皇)を名乗り、関東で反乱を起こしますが(平将門の乱)、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)らの連合軍に鎮圧され、天慶(てんぎょ)3年(940年)2月、反逆者として討伐されました。

平将門を祀った神社は、国王神社のほかに、御首神社(おくびじんじゃ)岐阜県大垣市、築土神社(つくどじんじゃ)東京都千代田区、神田明神(かんだみょうじん)東京都千代田区などが知られています。平らの将門の神徳は「除災厄除」(じょさいやくよけ)「武運招来」(ぶうんしょうらい)などとされています。

社殿|拝殿・本殿

国王神社の社殿 国王神社の見どころは茅葺屋根(かやぶきやね)の社殿です。

国王神社の拝殿 上の写真の左端が拝殿(はいでん)。右端が本殿(ほんでん)。拝殿と本殿の中間に設けられているのが幣殿(へいでん)。拝殿・幣殿・本殿の三棟が茅葺屋根で結ばれています。とても美しい造形です。入母屋造(いりもやづくり)の拝殿は、江戸中期・延宝3年(1675年)の建立です。

国王神社の社殿 本殿(上記写真の右端)は流造(ながれづくり)で、江戸初期の天和3年(1683年)に建立されたと伝えられていますが、焼失または倒壊により、現在の本殿は、江戸後期・文化14年(1813年)の再建といわれています。国王神社の拝殿と本殿は、御神体の木像(平将門木像)とともに、茨城県の重要文化財に指定されています。

年中行事

●主な年中行事…◇1月1日…正月元旦祭◇1月15日…備社祭◇2月14日…十四日講◇11月第二日曜日…岩井将門まつり――。十四日講とは、平将門が戦死した2月14日に行なわれる供養の行事。岩井将門まつりは、 昭和47年(1972年)から始まった坂東市のお祭りで、國王神社と坂東市内商店街を会場に、武者行列をはじめ神田ばやしや太鼓演奏など、さまざまなイベントが行なわれます。

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境内社

守大明神 守大明神(まもるだいみょうじん)。社殿を正面に見て左側にあります。平将門の子孫とも伝えられる平守明(たいらのもりあき)が祀られています。平守明は室町時代、この地一帯を治めていた郡司(ぐんじ=地方官)で、平将門の功績を世に知らしめた人物とも言われています。

妙見社 妙見社(みょうけんしゃ)。社殿を正面に見て本殿の左側にあります。妙見とは北極星のこと。一族の守護と結束の象徴として、武家を守護する軍神(ぐんしん)として、崇められてきました。

石仏

浅間大神 浅間大神文字塔(あさまのおおかみ もじとう)。社殿を正面に見て左側にあります。浅間大神は、富士信仰に基づいて富士山を神格化した神様なので、土を盛って富士山に見立てた頂上に祀られています。

青面金剛像庚申塔 青面金剛像庚申塔(しょうめんこんごうぞう・こうしんとう)。浅間大神文字塔の隣にあります。延喜四年(えんぎよねん)造立。延喜は平安時代前期(醍醐天皇の時代)の元号なので、延喜四年は西暦の904年にあたります。

参道と境内の風景

参道前 参道前。国王神社は、うっそうとした木立(こだち)の中にあります。

参道入口 参道入口。正面に鳥居。鳥居の先に拝殿が小さく見えます。玉垣(たまがき)の手前(上記写真左端)には国王神社碑(こくおうじんじゃひ)が置かれています。

国王神社碑 国王神社碑。「御祭神平将門 國王神社 茨城縣指定重要文化財」と刻まれています。昭和50年(1975年)3月建立

鳥居 鳥居。木製の鳥居です。建立年月日は不詳

参道 参道。鳥居から拝殿までは約80メートル。参道の両脇は木々が生い茂っています。奥まった先に茅葺き屋根の拝殿が見えます。

供養塔 供養塔。参道を半分ほど進んだ左側の敷地に供養塔があります。昭和61年(1986年)建立。供養塔の下には「桓武平氏」(かんむへいし)「平家先祖代々之霊位」(へいけせんぞだいだいのれいい)「平将門之霊位」(たいらのまさかどのれいい)と刻まれています。桓武平氏とは、平安時代・桓武天皇(かんむてんのう)の子孫で「平」(たいら)の姓を与えられた平氏のこと。

御神燈 御神燈(ごしんとう)。参道の両脇(狛犬の手前)にある一対の御神燈。昭和51年(1976年)に放映された平将門を主人公に描いたNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』放映記念として昭和52年(1977年)2月14日に建立されました。

手水鉢 手水鉢(ちょうずばち)。造立年月日は不詳

国王神社碑(明治45年建碑) 国王神社碑。拝殿を正面に見て参道の右側、御神木の横にあります。明治45年(1912年)建碑(けんぴ)

平将門追慕之碑 平将門追慕之碑(たいらのまさかどついぼのひ)。国王神社碑の横にあります。平安時代末期・治承(じしょう)5年(1181年)建碑

御神木 御神木(ごしんぼく)。拝殿を正面に見て参道の右手(拝殿の斜め前方)にあります。木の種類はアラカシ(粗樫)。樹齢は不明ですが、古木の姿から社殿の建立時期(江戸中期・340年ほど前)と同じぐらいと推定されています。

虫 御神木を拝んでいたら根元からタマムシ(玉虫)が出てきました。玉虫は古来から吉兆(きっちょう=よいことが起こる前ぶれ)の使いとして崇められている幸運の虫。タマムシにも手を合わせました。

狛犬(阿形) 狛犬。拝殿に向かって右側に置かれているのが口を開いている阿形(あぎょう)の獅子像。昭和15年(1940年)11月10日造立

狛犬(吽形) 狛犬。拝殿に向かって左側に置かれているのが口を閉じている吽形(うんぎょう)の獅子像。昭和15年(1940年)11月10日造立。風格のある姿です。

拝殿 拝殿。江戸中期・延宝3年(1675年)建立。國王神社いちばんの見どころは茅葺き屋根の社殿です。拝殿は正面よりも斜め前方下から見上げるように見ると、より美しく見えます。

本殿 本殿。江戸初期の天和3年(1683年)建立。現在の本殿は、江戸後期・文化14年(1813年)に再建されたもの。茅葺き屋根が神々しい雰囲気をかもし出しています。

境内 木立に囲まれた境内は静かで清々しい気が流れています。ベンチも置かれていますので、緑に囲まれた社殿を眺めながらのんびりすると、霊気を頂戴した、という気持ちになります。ただし夏場はヤブ蚊が多いので注意してください。

社務所

社務所 社務所は拝殿を正面に見て右手にあります。社務所は普段は閉まっています。初詣や例祭などの時は社務所は開かれますので、絵馬やお守りなどを購入できます。御朱印は社務所が開いているときにかぎりいただけます。ご祈祷などの問い合わせにつきましては國王神社のホームページをご覧ください。

國王神社のホームページ

トイレ

トイレ トイレは社務所の裏手にあります。

駐車場の場所

駐車場 車は社務所の前の敷地に駐められます。道路(茨城県道20号結城坂東線)脇。駐車スペースは約10台。駐車料金は無料。青色で「平将門史跡 國王神社 坂東市岩井」と書かれた看板が敷地の入口(道路脇)に立っていますので、そこから入ります。

地図


國王神社の地図は上記グーグルマップでご覧いただけます。車や電車で行くときのルート検索にも利用できます。

國王神社へのアクセス

國王神社|茨城県坂東市 國王神社の住所は茨城県坂東市岩井951。住所の読みは「いばらきけん ばんどうし いわい」。郵便番号は 306-0631 。車でのアクセスは、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)坂東インターチェンジから約7分。電車の場合は、関東鉄道常総線・北水海道駅(きたみつかいどうえき)からタクシーで約20分です。
 

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