埼玉県川口市安行領家(あんぎょうりょうけ)にある曹洞宗の寺院・興禅院(こうぜんいん)。本堂東側崖下の斜面林を利用した木道に、十三仏と千手観音の石仏が配されています。林の中には如意輪観音や地蔵菩薩などが陽刻された野仏(供養塔)も点在。心が安らぐスポットになっています。不動明王から始まり、十三番目の虚空蔵菩薩、そして千手観音菩薩へと続く散策路の風景を現地で撮った写真とともにお伝えします。
本堂から十三仏までの道順
本堂から十三仏までは歩いて約2分ほど。本堂を正面に見て右手に白壁の寺務所がありますので、寺務所の横を通り過ぎたら左折。寺務所のブロックガラスに「十三佛(石像)←↑歩2分」と書かれた張り紙が貼ってあるので、迷う心配はありません。寺務所の横を過ぎて左に曲ると林道になっています。そのまま30メートルほど直進。右手に鮮やかな黄色の節が特徴的な金明孟宗竹(きんめいもうそうちく)が見えます。
「弁財天」と書かれた赤い幟が立ち並んでいる階段に出ますので、そのまま幟に沿って階段を降りていきます。
階段を降りきると、左手に弁財天と稲荷社が見えます。十三仏へは右に進みます。右手には柵に囲まれた放生池(ほうじょういけ)があります。
放生池を過ぎると前方左手に「十三佛 千手観音菩薩」と白文字で刻まれた石碑が見えます。ここが十三仏めぐりの入口になります。前方右手、崖下の斜面林に設けられた木道に十三仏が置かれています。
十三仏とは
十三仏(じゅうさんぶつ)とは、死者の追善供養にさいし、忌日を担当している十三の仏のこと。初七日の不動明王(ふどうみょうおう)から三十三回忌の虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)まで、合わせて13回ある忌日ごとに守り本尊(守護仏)が割り当てられています。故人が冥土(めいど)に旅だったときに、道に迷わないよう節目節目で、十三の仏さまが故人を浄土に導いてくださる、という考えに基づいた古くからの信仰です。また十三仏のうち八仏が十二支の守り本尊に当てられています。
十三仏信仰にかかわる用語
◆明王(みょうおう)…仏教の教えに従わない悪人を打ち砕いて仏の道に導いて救済する仏◆如来(にょらい)…「真理を悟った者」を意味する仏の世界で最高位に位置する存在。悟りを開いた釈迦の姿を象徴する仏◆菩薩(ぼさつ)…悟りを求めながら自分の身を犠牲にして現世の人々を救ってくださる仏◆忌日(きにち)…その人の亡くなった日を基準にして節目ごとに故人の追善供養を行なう日◆干支(えと)…十二支のこと。十三仏のうち八仏が十二支の守り本尊(守護仏)に当てられている。◆種子(しゅじ)…各仏を梵字(ぼんじ)一字で表記したもの◆真言(しんごん)…仏や菩薩に加護を願うために唱える呪文のこと。
十三仏巡りスタート
興禅院の十三仏めぐりでは、起点(崖下)から林の中に設けられた木道に沿って歩いて行くと、順番に十三仏と千手観音菩薩に対面できるようになっています。起点
起点となる場所には、自然石に「十三佛・千手観音菩薩」と刻まれた文字塔と、文字塔の裏手に解説碑が建っています。解説碑
解説碑には十三仏と千手観音菩薩に関する詳しい説明が刻まれていますので、散策路を巡る前に目を通しておくと、各仏さまが身近に感じられます。解説碑の建立年月は平成10年(1998)3月。碑文の奥付に「曹洞宗 瑞龍山 興禅院 二十三世 元峰 代」とあります。解説碑に目を通したら木道(散策路)を道なりに進みます。最初に出迎えてくれるのは初七日の守り本尊・不動明王です。
不動明王
第1番・不動明王(ふどうみょうおう)…大日如来の化身といわれ、仏教の教えに背く者を忿怒(ふんぬ)の形相で教化する明王。【忌日】初七日(しょなのか)の守護仏。死後の世界に旅立つ故人が現世に未練を残さないよう冥土に導いてくださいます。【干支】酉年生まれの守り本尊【種子】カーン【真言】のうまく さんまんだ ばざらだん かん釈迦如来
第2番・釈迦如来(しゃかにょらい)…仏教の開祖で唯一実在する仏。悟りを開いたあとの釈迦の姿を表わしている仏の世界では最高位に位置する存在です。【忌日】二七日(ふたなのか)の守護神。あの世への旅立ちにさいして故人に仏教の教えを説いてくださいます。【種子】バク【真言】のうまく さんまんだ ぼだなん ばく文殊菩薩
第3番・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)…知恵の仏さま。涅槃(ねはん=仏教における理想の境地)という智慧(ちえ)の象徴といわれています。「三人寄れば文殊の知恵」ということわざにある「文殊」は、文殊菩薩のこと。凡人でも三人集まって相談すれば、文殊菩薩が授けてくれるようなすばらしい知恵が出るものだ、の意。【忌日】三七日(みなのか)の守護神。【干支】卯年生まれの守り本尊【種子】マン【真言】おん あらはしゃ のう普賢菩薩
第4番・普賢菩薩(ふげんぼさつ)…慈悲を司る菩薩。すべての功徳を備え、あらゆる場所に現われて人々を導いてくださいます。【忌日】四七日(よなのか)の守護神。釈迦如来に文殊菩薩と普賢菩薩を加えた三仏を釈迦三尊(しゃかさんぞん)といいますが、二七日・三七日・四七日を通じて、釈迦三尊が、仏教徒として身につけるべきことを授けてくださいます。【干支】辰年・巳年生まれの守り本尊【種子】アン【真言】おん さんまや さとばん地蔵菩薩
第5番・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)…六道(ろくどう)<地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道>を巡って衆生(しゅじょう=いっさいの生き物)を救ってくださる菩薩です。【忌日】五七日 いつなのか)の守護神。四七日まで冥土の旅をしてきた故人が道に迷って地獄道などに落ちてしまったときに救いの手を差し伸べて極楽浄土へと導いてくださいます。【種子】カ【真言】おん かかか びさんまえい そわか弥勒菩薩
第6番・弥勒菩薩(みろくぼさつ)…慈しみ深い菩薩。釈迦の死後(入滅後)、56億7000万年後に、釈迦と同じ「如来」になってこの世に降り立ち衆生を救済するという「未来仏」としての役割をもっています。【忌日】六七日(むなのか)の守護神。【種子】ユ【真言】おん まいたれいや そわか薬師如来
第7番・薬師如来(やくしにょらい)…正しくは薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)。病気なおしの大医王仏(だいいおうぶつ)ともいわれ、私たちの健康を守ってくださる仏さまです。【忌日】七七日(なななのか)の守護神。七七日(四十九日)で現世とのつながりを終えた故人が、この先、極楽浄土へ向かう道中、苦しみに出合ったときの薬を与えてくださいます。【種子】バイ【真言】おん ころころ せんだり まとうぎ そわか聖観音菩薩
第8番・聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)…すべての衆生を慈悲の目で観察し、願いに応じてさまざまな姿に身を変え、誰にでも救いの手を差しのべてくださいます。【忌日】百か日(ひゃっかにち)の守護神。慈悲の心をもって故人を三回忌の守護仏である阿弥陀如来まで導いてくださいます。【種子】サ【真言】おん あろりきや そわか勢至菩薩
第9番・勢至菩薩(せいしぼさつ)…正しくは得大勢至菩薩(とくだいせいしぼさつ)といい、無限の光明と知恵によって人々の苦しみを取り除く菩薩。【忌日】一周忌の守護神。はかりしれない大きな功徳(得大)をもって極楽浄土へ至る道を示してくださいます。【干支】午年生まれの守り本尊【種子】サク【真言】おん さんざん ざんさく そわか阿弥陀如来
第10番・阿弥陀如来(あみだにょらい)…阿弥陀とは梵語(ぼんご)で「はかりしれない無限の徳」の意。あらゆる人々を無限の光(無量光)で照らしてくださいます。阿弥陀如来を信じる者は、死後、阿弥陀さまの導きによって、必ず極楽浄土に受け入れられるといわれています。【忌日】三回忌の守護神。三回忌は極楽浄土へ成仏する日。極楽浄土の教主である阿弥陀仏が導いてくださいます。【干支】戌年・亥年生まれの守り本尊【種子】キリーク【真言】おん あみりたていせい から うん阿閦如来
第11番・阿閦如来(あしゅくにょらい)…阿閦(あしゅく)とは、無動・不動・無怒などの意。けがれのない美しい心を与えてくださる仏です。【忌日】七回忌の守護神。成仏した故人を無上菩提(むじょうぼだい=もっともすぐれた悟り)の世界へと導いてくださいます。【種子】ウン【真言】おん あきしゅびや うん大日如来
第12番・大日如来(たいにちにょらい)…宇宙の中心にあって、あまねく世界を照らし、生きとし生けるものすべてを育む尊い徳を備えた仏。【忌日】十三回忌の守護神。初七日から七回忌までの道のりを指導してくれた十一仏の教えを故人がどれだけ深く悟っているかを見きわめ、さらにその上の道へと導いてくださいます。【干支】未年・申年生まれの守り本尊【種子】バン【真言】おん あびら うんけん ばざら だとばん虚空蔵菩薩
第13番・虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)…十三仏のしんがりに位置する仏。虚空(こくう)とは宇宙全体のこと。死後、仏の道を歩んできた故人は、虚空蔵菩薩の元に「空」に帰し、本然浄土の世界にとけこんでいきます。【忌日】三十三回忌の守護神。涅槃(ねはん=仏教における理想の境地)へと導いてくださいます。【干支】丑年・寅年生まれの守り本尊【種子】タラク【真言】おん ばざら あらたんのう おん たらく そわか千手観音菩薩
千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)…手が千本、眼が千個あることから千手観世音菩薩と呼ばれています。千の手と眼は多くの人に救済の手を差し伸べる慈悲の心を表わしています。十三仏には入っていませんが、子年生まれの守り本尊とされています。十三仏の中で、観世音菩薩(聖観音)が子年生まれの守り本尊とされることがありますが、正確にいうと「子年」の守護仏(=守り本尊)は、聖観音の化身(変化観音)である千手観音観音であって、聖観音観音ではありません。【種子】キリーク【真言】おん ばざら たらま きりく そわか
野仏|供養塔
十三仏めぐりの途中、野仏(戒名が刻まれている墓標)も見ることができ、心をなごませてくれます。上の写真は聖観音供養塔。江戸前期・延宝元年(1673)建立。位号に「禅定尼」(ぜんじょうに)とあるので女性の墓標です。地蔵菩薩が刻まれている江戸中期・宝永5年(1708)の墓標。戒名の位号に「童子」とあるので男の子の供養塔です。
如意輪観音(にょいりんかんのん)が浮き彫りされている江戸中期・元文3年(1738)建立の墓標。位号に「禅定尼」とあるので女性の供養塔。如意輪観音は、江戸時代中期以降、女性の信仰の対象として尊崇され、女性の墓標仏に多く見られます。